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馬主さんの独り言(ばぬしさんのひとりごと)

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2011年 11月 08日 ( 1 )


2011年 11月 08日

じっと辛抱の週かも。。。。。。。。

今日は
3年掛かりで
やっと
終わった仕事が
ふり出しになる事件が発生。

世界中に影響が出るので
少し
慎重に
進めなきゃ

思います。

3月の地震の時や
タイの洪水の今でも
何とか
代替品があり
緊急を凌いでましたが
今回は窮地です。


頑張ろう!!!!

*こう有りたいですね
明日からも!!

【失敗したときに出る真価】
 人間は、ときに思いもよらない過ちをし、失敗をするものです。
会社で仕事をしていても、思わないときに「しまった」ということで
頭をかかえこむことが生じてきます。

もちろん過ちや失敗は、初めからないにこしたことはありませんし、
だれでも失敗をしようと思ってやる人はありません。
しかし、そこは完全無欠は望むべくもない人間のことですから、
そういうことがときに起こるのも、一面やむを得ない姿ともいえましょう。
 ただ、大切なのは、過ちをおかしたときに、
これにどのように対処するかということだと思います。

この処し方いかんによって、
人間としてのほんとうの値うちが決まるといっても決して過言ではないと思うのです。
 それでは、どうするのがいいのか。
いちばんいいことは、やはり素直に自分の非を認め、
すぐにこれを改めるということです。

きわめて平凡なことながら、これよりほかに最善の道はないと思います。

 よく失敗をした人の中には、
「今さら後戻りもできない。それに自分のメンツもある」ということで、
そのまま無理矢理に突き進み、失敗の上にさらに失敗を重ねるという人がいます。

これは私は、最も危険なことだと思います。

過ちをおかすことよりも、むしろこのことのほうがよほど恐ろしいといえましょう。

 お互いに神様ではないのですから、長い一生のうちには、
いろいろと過ちをおかすことがあると思います。
そのときには、素直に改めるべきを改める。

それは、上に立つ人ほどよけいそう心がけなければなりません。
とかく上に立つ人は、その立場上、過ちと分かっていながらも、
なんとか自分の失敗を隠そうという気になりがちです。

その結果、かえって失敗の上塗りとなって、自分も困り、
会社や周囲の人にもたいへんな損害を与えることがあります。

 この点をお互いに十分戒めあいたいものですが、
それと同時に、過ちをおかした人に対しては、
これをあたたかく許すという寛容の気持ちをもつようにも心がけたいものだと思います。

(『社員心得帖』昭和56年9月 PHP研究所)より


*価格競争や特許侵害
仁義なき戦いが電子機器にも
こうありたいですね!!

【人間の尊さを知る】 ― 正しい勝負のやり方
 経営といい、商売といっても、これは結局、人間が行なうものである。
人間が行なうものであるからには、経営や商売は人間をぬきにしては考えられない。
というよりもむしろ、人間を中心において考える、人間を主体に考える、
ということが非常に大切ではないかと思う。

 人間あっての経営である。
だからまず、人間というもののあり方を考えなければならない。
よき経営を実現しようと思えば、まず人間のよきあり方について検討しなければならない。
それが基盤になる。
私はかつて、ある雑誌記者のインタビューで、次のようなことを話したことがある。

「(中略) もともと日本の武士道には、ヤミ討ちは卑怯であるという考えがあった。
意見が対立すれば、堂々と勝負する。正常な、真剣勝負をする。
その際に、相手がつまずいてころんだりしても、立ち上がるまで待ってやる。

ころんだら、これ幸いと斬りつけたりはしない。
また、相手が刀をとりおとしたならば、それを拾うまで待ってやる。
刀を持っていない相手には斬りつけない。

そういう姿が、正しい勝負のやり方であった。
日本には、それほどの高い精神文化があったわけである。

 ところが、今の日本ではどうか。

 (中略) 武士道も人間道も地におちているのが、
今日の一面の状態ではないだろうか」

 すると記者が私に質問した。
「いったい今の日本人は何を忘れているのでしょうか。
何を忘れているから、そういう姿があらわれているのでしょうか」
 私は答えた。
「それは、人間の尊さ、人間の真の使命というものを忘れているからではないか。
つまり、人間とは何かということを十分に研究していないからではないかと思う」

「その人間の使命についてお話しください」
「人間の使命とは、考え方はいろいろあるが、端的にいえば、人間が主人公になることである。
万物いっさいの主人公であるということを自覚することである。
その自覚をしないところから、いろいろな問題がおこってきているのだと思う」

「そういえば今日、情報化社会といって、コンピューターが万能のようにいわれていますが、
やはりコンピューターも人間が主人公として使うものですね。
しかし、今の風潮はむしろコンピューターに人間が使われているような感じがします」
「うっかりすると、そうなりかねない。だから、そうならないように、たえず反省し、
人間の尊さというものをみずから知る必要がある。
お互いに知らないといけない。
あなたも私も人間として尊いのだということを、互いに確認しあわないといけないと思う」

「それはそうですが、実社会にはそれに反するような姿が多いでしょう。
そういったこと以外の問題で動いています。どこがおかしいのでしょう」
「ただ一つのあらわれた姿だけを見て、人間の本質はこうだというようには、
なかなかつかめない。
人間が非常に尊いものだということを認識しあうだけでも、非常に大事である。
それができるだけでもたいしたものだ。けれども、それはなかなかできない (中略)」

 まあこんなことをいろいろ話したわけであるが、
人間の尊さを知るということが本当に大切だと思う。

〝企業は人なり〟とよくいわれるが、そのことばは、
人間の尊さを知ってはじめて本当のものになるわけである。

人間の尊さというものを真に理解することがなければ、
いくら口で〝企業は人なり〟と言っていても、
それはよりよい姿に結びついてこないのではなかろうか。
(松下幸之助『人を活かす経営』PHP研究所、1979年9月発行)より

by hnabeq | 2011-11-08 23:35 | ぶつぶつ独り言 | Comments(2)